プチ禁酒

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最近の連休は、飲んだくれていた。

昼間からビール。

それならかわいいほうで、
朝からワインをあけては飲み、
昼は昼でビールとワインを飲み、
夜は当然のごとく飲み、
寝る前にもワインをいっぱいあおってから布団にはいるという始末。


こんなアル中生活とは、おさらばしようと思い、
昨日よりプチ禁酒をはじめた。

プチ禁酒とは、ひとりきりの時は飲まない、そんなかわいい禁酒である。

そこで登場したのが、「炭酸水」。

僕は、これをビールと思って飲むことで、酒を飲みたいという欲求を満たしている。

炭酸水じゃビールのかわりにはならないよ!
そう思う方は多いにちがいない。

ところがドッコイそうでもないんだな。

生ビールも第三のビールである「のどごし」も僕にとっては同じようなもので、味の違いなんてないようなもので、
極論すれば、ビールも炭酸水も、味という点では似たようなものなのだ。


こんな、情けないぐらい酒の味のわからない大人になってしまったが
ウイスキーの味がわかる大人になりたいと、
じつは密かに思っている。

過去の連載4話 洗礼 (後篇)

神戸港を発って3日目に僕らは天津の港に着いた。
そして着いたその日に天津から北京に行こうという予定を組んでいた。

しかし、行き方がよくわからない。

公共のバスというものはなく、
使い古しのマイクロバスのところでモグリの業者が盛んに客引きをしている。
中国語は理解できないし、値段もわからない、どうしていいのかわからない状況だった。


途方にくれていたそんな時、僕らの前にふいに現れて流暢な中国語で客引きと交渉をはじめた青年がいた。

同じフェリーに乗っていた日本人の青年だ。

彼は中国に留学していた経験もあって、このルートで中国に何度も来ているとのこと。
僕たちは小さな子供のように彼にすがった。

「北京まで50元、少し高いけど、いいですか?」

「いいです、いいです。」

と僕らは完全おまかせモードだ。

結局すべての交渉を仕切ってもらい、泊る宿までご一緒させてもらった。 



彼とは船内で何度か顔をあわせていたが、ほとんど話しをしていなかった。
初めて訪れる国に行くのだから不安もあるし、知らないことも多い。
いろんな情報を旅なれた日本人に聞きたいというのはごく自然な心情だろう。

だけど僕らはそうしなかった。


「僕は社会人を10年以上やってきたのだ、ふらふら旅している君たちとは違うのだ」

そんなよけいなプライドがあって、
とてもじゃないけど素直に人に教えを請うなんてことはできなかったからだ。



しかし、中国に降り立った途端、僕たちはまったくの無力だった。



これから世界一周するぞ!とイキまいているわりに、
結局はまわりの人に助けてもらわなければ何もできなかったのだ。


日本でも、自分の足で立っているつもりでいたが、
実はいろんな人が支えてくれて立っていることに気がついていなかった。


毎日誰かに助けられていることを知らずにそれを当然のように生きていただけなのだ。
そんな簡単なことに、日本を出てやっと気づいた。

北京の宿
北京の宿(6人ドミトリー)

朝食のパオズ
朝食のパオズ(手前)とワンタン。これが北京で最高の朝ごはん

万里の長城
万里の長城にて。2008年秋にまたこの長城に来ることなる。

天安門
バスで仲良くなった中国人カップルといっしょに

しいたけちんげんさい
北京観光初日の夜ごはん。薫茄子と書かれていたので、
字面から「おいしそう!」とたんだら、最も苦手なしいたけが出てきた。




過去の連載3話 洗礼 (前篇)

「ドーソーチェン?(料金はいくら?」

僕らは覚えたての中国語で言った。

「○×△□・・・」
「???」

『わからないから紙に書いて』

僕らは、そのようなゼスチャーをして、紙を出した。



「中国では筆談で会話できる」と中国を旅行したことがある友達が言っていたからだ。

しかし、その威勢のいい客引きは僕らの筆談につきあっているヒマはないらしい。
『早く乗れ』とバスの中に促すばかり。
天津の港で僕らはなすすべがなく、立ち尽くすばかりだった。

天津港
天津港が近づいてきた。この港から大陸横断の旅がはじまった。


イタリアワイン

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イタリア土産として映子が買ってきたワインをあけた。

最近、家でワインを飲んでなかったのでとても新鮮な感じ。

そして、このワインは僕の好みの味だからなおうれしい。


台湾から買ってきたからすみともよく合う

これから

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今、24時20分。

これから、大阪から東京に向かいます。

値段は4100円!
安い!

居心地もネパールの夜行バスと比べて100倍くらい快適です!