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黄金寺院 4月27日

ゴールドというのが、まぶしいものだ、ということにはじめて気がついた。
太陽に照らされた黄金寺院は、まぶしすぎて直視できない。

白い大理石と池の反射でただでさえ、まぶしいのに、
そこに黄金が加わっているので、手のつけようのないまぶしさだ。

ターバンをぐるぐる巻いてヒゲもじゃのかっぷくのいいスィク教徒の総本山がまぶしすぎる黄金寺院とはなんともミスマッチに思える。

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夜に金色に浮かぶ黄金寺院


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朝日に照らされ金色に輝く


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黄金寺院に向かって祈る人


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黄金寺院と沐浴する男


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ターバン屋の看板
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アムリトサル 4月26日

インドの西、パキスタンとの国境近い街、アムリトサルに着いた。
ここはスィク教の総本山の黄金寺院のあるところとして有名なところだ。

750キロの黄金の寺は、金閣寺以上に派手で、ターバンを巻くインド人だらけの異色な空間だ。
しかし、僕が最も感動したのは、黄金寺院ではなく、寺院のとなりにある巡礼者用の食堂。


小学校の体育館くらいの広さの場所に列をつくって座り、食事がやってくるのを待つ。
ごはん、チャパティ、それにダルとよばれる豆カレー、ライスプリンのような味のおかゆ
といった質素な食事が出てくる。


これらは、すべて寄付によってまかなわれている。
スィク教でない人でも食べられる。

係りの人が食事を配り、その間人々は食事を待っている。
その光景を見て、
とても感動してしまった。

「感動」という人に伝わりにくい無責任な言葉を使ってしまったのだが、
実は、どうして感動したのか、何に感動したのか、
自分でもよくわかない。


「食べて行くために働かなくちゃいけない」
日本の常識ではそのとおりなのだけど、ここではその常識はまったくあてはまらない。


ここには、誰にでも毎日与えられる食べ物があって、
しかも、誰にでも与えられる寝場所もある。
それなのに、
多くの人々がボランティアで食事を作り、食事を配り、
食べ終わった皿を回収し、そして洗う。


多くの人が黙々と働き、多くの人が黙々と食べ物を食べる。
その光景に大きな刺激を受けた。

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食堂の風景。食べ物を待つ人々

サイクルリキシャーにチップを渡す 4月25日

僕のようなバックパッカーは、いかに安くあげるか、ということに
かなり一生懸命がんばる生き物なのだが、今日は少し違うことをしてみた。


駅までサイクルリキシャーを乗ったときのことだ。
乗る前の交渉で、駅まで20ルピー(52円)で行くことになった。
駅に着いて20ルピーを渡す。

「もうちょっとくれないか」
最初に決めた料金を払った後にこう言われることはよくある。
もちろんいつも断ってその場を立ち去る。

しかし、今日は、そう言われる前に、5ルピー多く、チップとして払ってみたのだ。



サイクルリキシャーのおっちゃんは、
こちらがびっくりするぐらいの感謝の意を僕と天に向かって示していた。

それを見たらこちらまでうれしい気持ちになった。

僕はサイクルリキシャーのその独特なスピードやそこから見える景色が大好きだ。
これだけ大変な仕事を生業にしているリキシャーひきおっちゃんたちには、これかもがんばってほしい、そういう思いを残して聖地バラナシを去った。

聖地バラナシ 4月24日

ここは聖地である。

「けっこうきますよ」
3年前にここであった気功をやっている人がそう言っていた。
気がたくさんガンジス河のほうから出ているらしい。

また、ここは世界でもっとも宗教的な場所のひとつ、と言っている人もいる。
その人がいうには、世界の宗教的なヘソはふたつあって、ひとつがエルサレム、もうひとつがバナラシ、なのだそうだ。

どちらにせよ、ガンジス河のガートを歩いているだけで、ここが聖地であることはよくわかる。

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毎日、日没時におこなわれるプージャー。ガンジス河への祈りの儀式


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存在する位置を探しに 4月24日

「今、自分たちがどこに存在するのか、存在する位置を確認するために君たちは旅に出るんやな」
そう言って、父は僕たちを送り出してくれた。

その時その言葉に僕はピンときていなかった。

しかし、ガンジス河のほとりに来てわかった。

朝焼けの中のガンジス河を見ながら、
はじめてこの場所に来た時のことを思い出した。

この場所に来て、いろんな刺激を受けて、人生観、死生観を変えよう、
これまでの価値観をぶっこわして、そこから新しい何かを得てやろう、
そして、ひとまわり大きな人間になってやろう、
そんな野心に満ちていた。

その3年後、またこの場所に来て思い知ったことは
3年旅しようが、どこに行こうが、
本質的には何も変わらない、ということだった。
自分は自分以外の人間にはなれない、ということだった。

「日本に帰ったら積極的に流されるように生きてみよう」
日本に帰ってどうしていいのかわからなかった僕は
ここバナラシでそう決心した。

流されるように生きた末に、3年後のまたこの場所に戻ってきた。

自分の意志で前に進もう
自分を信じて前に進もう

そんな自分がいる。

だから、もう旅の中で考える必要はなくなった。
前へ前へと進むだけだ。
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