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帰国しました。

帰国しました!

自分でも思ったより早くの帰国になりました。

中国の地震や、途中で体調を崩したことで、多くの人にご心配をおかけしましたが、
体の調子も良く元気です。

余ったままずっと持ち歩いていたピータンですが、
自分の意志で捨てきれず、日本に持ち帰ってしまいました。

神戸港の荷物チェックのところで、
わざと見つかるようにスーパーの袋に入れて検査台に置いたのですが、
係員はそのスーパーの袋の中を見ようともしませんでした。
本当は、そこでピータンが見つかって、そのまま処分してもらう心積もりだったのですが。

このブログについて。
もともとこのブログは、自分が今どこで何をしているかを、知らせるために作りました。
また、この旅をしていた時に何を感じどう思ったのか、何年かたった後で自分自身が読み返し思い出せるように、と思ってブログにアップしました。

かなり思いつくまま書いていますが、あえて書かなかったこともたくさんあります。
それは、みなさまに会った時にする土産話としてとっておくことにします。

そして、このブログでコメントをいただいたみなさま、
そして、読んでいただいたみなさま、
心より感謝します。

特にコメントに関しては、
こんなブログでコメント書くような人なんていないだろうと思っていましたから、
本当にうれしく、ありがたく思いました。
僕自身がミクシィにせよブログにせよコメントをほとんど書かない人間ですので、とても尊敬してしまいます。

そして、僕が思っている以上に読んでいただいている人がいて、驚きとともに、本当にありがたいことだなあと思いました。

ありがとうございました。

これからのこと。
今、関西の実家にいて、両親と一緒に大切な時間を過ごしています。
ちなみに映子は、カナダに仕事で行っています。

東京に戻ったら何をするか。

「あと、半年ないし1年しか自分に残された時間がないとしたら何をするか」
そういう自分への問いに答えて行くことを素直にしていければいいなあ、と考えています。

また、近いうちにみなさまとお会いできる日を楽しみにしています。
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船で天津から神戸へ 5月19日~21日

朝の11時に船は天津港を出発した。
乗客は少なく、しかも、そのほとんどは、日本に住んでいる中国の人たちで、
船の中は、まだまだ中国の雰囲気が漂っていた。

天津を出発して、二晩目の真夜中に船は関門海峡を通過する。
この狭い海峡を通っている時に、はじめて、日本を感じることができる。
それまでは、日本に自分が向かっているという実感がまるでなかった。

翌朝、目が覚めると船は瀬戸内海の島々に囲まれていた。
島にある民家が慎ましく立ち並んでいる姿や、小さな漁船が浮かんでいる様子は、
あきらかに中国の無節操な感じはなく、そこにはのどかでやわらかい風情があった。

日本はなんてきれいなんだろう。

船での帰国は、それに乗った瞬間に旅の夢から覚めてしまう飛行機での帰国とは違う。
こうしてしみじみ日本を感じながら帰国できるのがいい。

21日午後3時、神戸港に船は到着した。

02minato.jpg
天津港出発


03gohan.jpg
船での唯一の楽しみは、ごはんと青島ビール


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3日目の午前10時、瀬戸大橋を通過


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神戸港へ入港

紅茶の産地ダージリンへ

今日の夜行バスで、紅茶で有名なダージリンに向かいます!

02bybyktm.jpg
カトマンズではよくみかけたミシンの男の姿もそのうちなつかしく思うだろう

カトマンズの空港に到着! 4月3日

旅は楽しい!
飛行機の中では浮かれっぱなし。

酒が弱いくせに、ビールに赤ワイン、食後のコニャックまで
キャビンアテンダントにすすめられるまま飲んだ。

「真っ赤な顔してババン・バン・・」
僕の顔を見て、映子は、えらく古い歌を口ずさんでいた。
カトマンズの空港
カトマンズの空港にて

タイの飛行場で1泊。 4月2日

2日の夜に出発した飛行機は、バンコクに夜中の1時半に着いた。

カトマンズへ向かう飛行機は、翌朝の10時半のフライト。
飛行場のイスで寝ることにした。

硬くて冷たいベンチが、旅の最初の寝場所だった。
バンコクの飛行場にて
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