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ヒマラヤを越えて中国へ 5月8日

今日は、ヒマラヤ越えだ。
4800mのクンジュラフ峠を越えて中国に向かうのだ。

見上げれば、雪に覆われた急峻な山、そんな深い谷間をバスは走る。
深いブルーの空に銀色の稜線が描くシルエットを僕は遠い目をしながら眺めていた。

もしかして、イケてる旅人?!

と、やや自己陶酔の世界に浸りながらも、頭の中は食べ物のことでいっぱいだった。

中国にいったら何を食べようかな

トマトと玉子の炒め物、マーボー豆腐、肉野菜炒めなどなど。
絶景を走るバスに揺れながら、僕の頭の中は中国の食べ物に支配され続けていた。

12touge.jpg
世界の屋根をバスは走る
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国境の町スストへ 5月7日

パキスタンの最北の町スストへやってきた。
ここから先、4000m超のクジャラーブ峠を超えたら中国だ。

1ヶ月近い間、その大きさ、その美しさ、その力強さで、何度も僕を圧倒してくれた
このヒマラヤの景色とも、もうお別れ・・・

と、そんな感傷に浸りたいところだが、
残念ながらこの町は、あまりに殺風景すぎて、そんな気にはなれない。

ただ、ここで食べたビーフカレーがことのほか美味しかったことが、
パキスタンを少し名残惜しい気にさせた。

00sost.jpg

人生で大切なもの その答えが見つかった 5月7日

人生で大切なもの。その答えが見つかった。


もともと、答えを求めて日本を出てきたわけじゃないけれど、
自分がどこにいって、何をしたいのか、
問い続けて、旅に身を任せていたら、
その答えの輪郭が浮かび上がってきた。

これから帰路に向かう。

復活 5月6日

復活した。


一時は、どうなるかと思った。

眠れない程ひどい咳、我慢することのできない下痢、さらには、両目のものもらい、
と3つの苦しみが重なった。

ものもらいにいたっては、朝起きたら目を開けることができなかった程ひどい目脂で、
しかも、両目である。


「沈鬱」

その時の僕の気持ちを表すぴったりな言葉だ。


しかし、ヒマラヤの西端の町フンザ、ここでようやく復活した。


ここフンザは、ヒマラヤ山脈の分水嶺にあたり、
すべての人が癒されるパワーの湧き出るヒーリングスポットで、
おかげで僕の病も治った。

というのは全部ウソで、たまたま同室になった日本人の男の子が、とてもよく効く日本の風邪薬を僕に分けてくれてそれが効いたのと、フンザの薬局屋で買った下痢の薬がこれまたよく効いたのである。


とにもかくにも、体調が復活した。

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再会 5月5日

フンザから車で1時間のところにあるグルミットという村を訪れた。
6年前に親切にしてくれたヌールシャというパキスタン人を探しに来たのだ。


「ヌールシャを知りませんか?」
村の人に唐突に聞いてみたら、彼を知っているというではないか。
そのヌールシャを知っているという村人の子供に、彼のところへ案内してもらうことになった。


20分程歩いた隣の集落で、彼はこれから立てる家屋の土台をひとり作っていた。


彼は僕を見てはじめ不思議そうな目でみつめていた。
顔には笑顔を作っているけど、あきらかに忘れている。

そして、すこし時間を置いてから、本物の笑みがこぼれた。
どうやら思い出したようだ。


二度と会うことはないかもしれないなあ

そう思いながら別れた6年前。


でも、また会えた。


パキスタンの山の麓に住んでいて、住所は村の名前しかわからない。
電話もないので連絡もとれない。


でも、また会えた。


その日、グルミットの村からの車がつかまらず、バイクをヒッチハイクしてフンザに帰ることになった。


途中、バイクの後ろで雨に降られて、さんざんな目に遭った帰路だったが、奇跡的な再会に僕はとても気分がよかった

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案内してくれた村の子供たち


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6年ぶりに再会したヌールシャ
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