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妻を見送る

今日、映子が日本へと帰っていった。

カトマンズの空港に見送りに行く。
ずっといっしょに旅してきて、見送るというのは、不思議な気分だ。

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カトマンズの空港でお見送り
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ブッダがトラに自分の足の肉をささげた場所 4月17日

「ナモブッダにいかないか?」
愛嬌のある顔のネパール人に誘われた。

彼は、以前お世話になったアメリカ人老夫婦を今日は案内をしている最中で、
僕らはそれに便乗することになった。

ナモブッダというところは、ブッダが飢えたトラの親子に自分の足の肉をささげた伝説の場所で、仏教徒にとって大切な聖地で、そこには、チベットでよくみかけるような大きなお寺があった。

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この場所でブッダはトラに自分の肉を食べさせた


今日は、予期せぬ展開の連続だった。
元々の予定はドゥリケルという小高い丘にある町に行って、ヒマラヤを見る予定だった。

霞がかかってほとんど空に同化したヒマラヤを見た後、やることがなくなったので、比較的近くにあるインドレスワル・マハデーブ寺院へ行き、そこからお誘いに便乗してナモブッダへ行った。

ナモブッダからの帰りには便乗していたパジェロが2度もパンクに会い、山道を歩いて、幹線道路に行き、最終間近のバスに乗り込んで、カトマンズへ帰ったのだった。

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まさか二度もパンクするとは・・・

ネパール郊外の静かな村 4月17日

ネパールに来る前からずっと気になっていたお寺があった。
インドレスワル・マハデーブ寺院

ロンリープラネット日本語版(メディアファクトリー)によると、
「一口でいえば実に素晴らしい寺院」で支柱に表現されたシヴァの神は「控えめにいうなら色っぽい」、「ネワール建築の木彫りの最高傑作」なのだそうだ。

実際に行って見ると、そこは「実に素晴らしかった」
木彫りの良し悪しがわかる僕らではないが、たたずむ雰囲気が最高だった。

それ以上に、お寺のあるパナウティという町が素晴らしかった。
昔の面影を残すその町には、静かに悠久の時間が流れていた。

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お寺の場所は、かわいらしい小さな女の子が案内してくれた


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静けさが心地いいインドレスワル・マハデーブ寺院

シュリーの家に招待される 4月16日

3日前に再会をしたシュリーの家に招待された。
家に招待して、自分の家のダルバート(豆カレー)を食べる、というのがこの国のおもてなしのようだ。

シュリーは家族と住んでいるが僕たちが招待されたのは、シュリーの部屋だった。
スマンの部屋もそうだったが、シュリーの部屋も日本人の感覚でいえば狭かった。
しかし、狭いということに臆することなく、
親愛の気持ちを表すために、家(部屋)に招待する。
ここに、その本質的なものを感じでしまう。

日本の「おもてなし」業界に従事している僕には、ネパールのシンプルで純粋な「おもてなし」は新鮮に感じた。

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シュリーの部屋に招待される 


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シュリーの家でもダルバートで歓迎された 


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ネパールの地酒ロキシーを注ぐ

大使館のおじさんとランチ 4月15日

日本大使館に行った時、ちょっとしたきっかけで、大使館員のおじさんと一緒にランチを食べに行くことになった。

午後1時に大使館前で待ち合わせてタクシーでレストランに行こう、と大使館のおじさんは言った。
しかし、50代半ば~後半の大使館のおじさんは、タクシーではなく、来たローカルなバスに何のためらいものなく率先して乗り込んだのだった。
バックパッカーでさえ乗ることをためらうローカルの市内バスに、大使館の人が乗ることに驚きつつ、僕らも後につづいた。

おじさんは、僕らにフランクにいろんなことを話してくれた。
あまりにフランクな感じだったので、正直その人が偉い人だとはまったく思わなかった。

あくる日、僕は日本大使館に書類を取りに行くと、その書類には、領事のサインが書かれていた。
そこには、かのローカルバスに乗り込んだおじさんの名前とサインが記されてあった。
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