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過去の連載7話 愛すべきネパール (前篇)

カトマンズの飛行場を発って、うねうねと隆起の連なるネパールの地の向こうにヒマラヤの神々しい姿を見たとき、僕は泣いてしまいそうなほど切ない気持ちでいっぱいだった。

13年前、初めてこの国を旅し、そして立ち去った時の気持ちはずっと忘れないでいる。



そして、僕はその大好きな国に妻とふたりで戻ってきた。


ネパールという国はすべてを受けいれる国、そんな印象を受ける。

インドと中国いう大国にはさまれ、ヒンズー教と仏教が奇跡的なバランスで共存するネパール。
その調和と包容の力はこの国の人々の接し方にも顕れている。

フレンドリーで適度に馴れ馴れしい。
上手に相手との間合いをはかりながら、やさしく踏み込んでくる。

 「チャイをごちそうしたい」

お土産屋の店頭で品物を見ているとよく言われる言葉だ。


 「ネパールははじめて?」

 「日本ではどんな仕事をしていたの?」

 「兄弟は何人?」

 「ネパールは好き?」

そんな質問からはじまり、ネパール情勢や景気の話など、世間話に花が咲く。
たくさん話はするが、あまりセールスめいたことは言わない。

「もし気に入ったら買ってくれたらいい」

そう言って、さわやかに別れる。


これが、インドだったら、
「どうやってこの物売りから逃げようか」と懸命に思案するところだ。(つづく)


カトマンズ
カトマンズを象徴する寺院

P4090101.jpg
ネパールの子供たちに折り鶴をプレゼント




過去の連載6話 中国雲南省で酒を売る (後篇)

荷車にのると、彼らの一人が、灯油をいれるポリタンクからコップに透明な液体を注ぎ、
僕らにそれをすすめた。

『さあ、飲もう!』

予想はしていたが、やはりそれはお酒だった。
たぶん地元で作った白酒と呼ばれる蒸留酒だろう。


お兄ちゃんたちは、小さな集落に寄ってはそこで酒を売っているらしい。

 『うまいか?』

 『おいしいよ!』

 『じゃあ、もう一杯』

身振りで会話しながら一つしかないグラスに注いですすめてくれる。

雲南省の酒売り
酒売りのお兄ちゃん



僕らは中国をすでに2ヶ月近く旅行していたので、
簡単な中国語会話くらいは筆談も交えながらできるようになっていたが、
ここは中国語の通じない田舎。

コミュニケーションは笑顔とジェスチャーだけだ。

そうしてお兄ちゃんと仲良くなった僕らは、一緒に酒を売ってまわることになったのだった。



自分の言葉が100%理解されても、気持ちが通じなければ

『どうして自分の気持ちがわかってくれないのだ』

というフラストレーションとなる。

しかし、言葉が通じなくても心が通じれば、それだけでハッピーな気持ちになる。



結局、当初の目的だった少数民族の村に行くことはできなかったけれど、
その日、僕たちはとても幸せだった。

そして酒はまったく売れなかったのにもかかわらず、
酒売りのお兄ちゃんたちもとても幸せそうだった。


ガタガタ揺れながらゆっくり進む荷車の上で僕たちは心地よい風に吹かれていた。


P1030033.jpg
お兄ちゃんが連れて行ってくれたシークー






過去の連載5話 中国雲南省で酒を売る (前篇)

 言葉の通じない者どうしが、どこか心で通じ合う。
ささいなことかもれしれないが、海外で旅をしていて一番うれしいことじゃないだろうか。


旅を始めて71日目、僕らは中国、雲南省にいた。
そしてなぜか、酒売りのあんちゃんたちと、トラクターの荷車の上で酒を飲んでいた。

「いらっしゃい、いらっしゃい、うまいよ、おいしいオリジナルのお酒だよ」

想像力を働かせて翻訳すると、酒売りのお兄ちゃんは多分こんなことを言っていたと思う。


そこで、外国人である僕がぐいっと一杯飲んで、ビールのテレビCMのモデルのように

『うまいっ!』

という表情を浮かべる。



中国雲南省の田舎の集落で、そんな風に酒売りの手伝いをしていたのだ。


雲南省の酒売りといっしょに
ポリタンクに入っているのは、すべて白酒






その数時間前、僕たちは、民族衣装を着た少数民族の村を訪ねようと思って、
数キロおきに家屋が点在するのどかな田園地帯をてくてく歩いていた。

雲南省の少数民族のいる地方


その時、日本の地方に行けば見かけそうなトラクターがやってきた。

トラクターは木でできた荷車を牽引していて、
その上には黒髪に少しやけた4人のお兄ちゃんたちが乗っていた。

 『乗っていきな』

 荷車の上の一人がそんなジェスチャーをした。

 僕らは、少しためらいがちに、荷車に乗り込んだ。

久しぶりに過去に連載した旅の話をまとめた

ひさしぶりに過去連載した旅の話をまとめた。
4話分だけど。

ちょうど2001年の10月に旅立ったので、この時期になるとあの頃のことをよく思い出す。

9月は、ほぼ毎日送別会。送別会のはしごさえした。
本当にありがたかった。


あの頃には今の自分がまったく想像できなかったけど、
まあまあ、旅の後もたのしい人生を歩んでいると思う。つらいこともあったけど。。。

世界一周にいこうと決めたときに、
一緒にいくことをOKした映子や応援してくれたまわりの人には
あらためて感謝したい。心から。

エアコンのない生活

我が家では、極力エアコンを使わない。
2004年暮れに帰国してからだからもうすでに、
エアコンなしで5度目の夏となる。

エアコンを使わないのは、電気代がもったいなから。

というのは、うそで、長く世界を旅していたの間、
暑い国でもエアコンのない旅の暮らしをしていたので、
帰国してからもなんとなく、あまりエアコンを使わずに
だらだらと汗をかきながら過ごす習慣生活を続けている。

汗をかくことで、体の中の不純物が外出てくれるから健康にいいこと。
(いわゆるデトックス効果ってやつだ)

暑さの耐性ができていると、インドやパキスタンのような暑い国を旅したとき楽なこと。

この2つの勝手な思い込みが、
エアコンなし生活を継続させるモチベーションになっている。



実際に、僕たちは他の人たちに比べ暑さには耐性があるようだ。



会社には、自動で温度設定できない古いエアコン(冷房というべきかな)があるのだが、
僕が寒いと感じたときにスイッチを切るとひんしゅくを買い、
ちょうど適温だなと思っていると、誰かがエアコンのスイッチをいれる。

メトロの車内では、弱冷房車でも寒いと感じる。


そんな僕らですら、ここ数日の暑さには、さすがに寝苦しかったので、
扇風機をつけながら寝ることになった。

旅の間は、暑くてどうしも寝れないときは、寝る前に水をあびていたものだが
まだそこにはいたっていない。


ところで、昨年11月に生まれたばかり赤ん坊は、
生まれてはじめての夏をエアコンなしで過ごしている。
(今やバンコクより暑い東京で!!)


彼は、こんな熱帯夜の中、汗をだらだらかきながらもよく眠る。
その寝姿がなんともいじらしい(親ばか)、と思うとともに
尊敬に近い念すらいだく。



暑い国を3人で旅する未来・・・
親子3人川の字になって休んでいる汗だくのベッドの上、僕は夢見ている
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