パンダ列車

「パンダが乗ってる!!」
女子高生が騒いでいる方向を見ると、
あらびっくり。
近づいてみると、それは特急くろしお号のパンダ列車。
なかなかインパクトありました。
JR西もなかなかやります。
社会的には、いろいろありますが・・・
帰省

今日から4日間関西に帰省です。
今、新幹線のなかにいますが、
久しぶりに乗ると、旅気分が味わえてワクワクしちゃいます。
てっちゃんの血が騒いでます。
新富士にて
過去の連載2話 出発 (後篇)
学生時代、はじめて海外旅行に出て、そこで見た異国の世界、
日本とは全く異なる人や文化に僕はすっかり魅了された。
いろんな国をまわりたい、いろんな国の人たちと話をし、文化に触れたい。
そんな想いを抱き続けていた。
しかし、社会人としての生活を続けていくうちに、いつしか忙しい日常に埋没していった。
同じような状況の人は世の中には多いと思う。
僕の場合は、どうしてもそれを抑え切れなかった。
「旅に出よう!出なきゃいけない」
自分がおじいさんなって、もうすぐ死ぬという時に、
『どうして旅に出なかったのだろう』、
と絶対後悔すると思ったのだ。
そして無理だとは思っていながらもまず妻に思いを打ち明けたのだった。
「えっ何それ?本気で言ってんの?」
しかし、それから1週間くらいたったある日予想もしなかった返事が返ってきた。
「行こうよ、世界一周!今すぐに!」
この瞬間、僕の決意も固まった。
もし、ここで反対されていれば、世界一周に出ることはなかったはずだ。
旅に出ることを決意した僕たちは、まず2つのことをクリアにしなければならなかった。
一つは仕事のことだ。
会社の共同経営者からは、「川がいなくなったらその後どうするの?旅に行かれるのは困る」、
と言われた。
そこで、まずは人探しだ。
自分の周りをよく見渡してみると近くにいい人がいた。
ダメモトで声をかけると、不思議と彼も僕らの会社に興味を持っていた。
びっくりするくらい話がスムーズだったので、正直驚いた。
天が「旅に出ろ」と言っているようにすら感じた。
二つ目はお金のことだ。
僕らは節約に励んだ。一人1年間100万円として2年間で400万円、
これを最低の目標とした。
車を売り、家計簿をつけムダな出費を抑えた。
出発の頃には結果的に700万円近く貯まっていた。
そうして、2001年10月12日、旅に出た。
神戸港からフェリーで中国の天津に向かう。
そこで、僕らは旅人としての最初の洗礼を受けることになる。

▲燕京(やんじん)号の食事。好きなものを選んで最後に会計。けっこうおいしい

▲船の中にはお風呂もある
日本とは全く異なる人や文化に僕はすっかり魅了された。
いろんな国をまわりたい、いろんな国の人たちと話をし、文化に触れたい。
そんな想いを抱き続けていた。
しかし、社会人としての生活を続けていくうちに、いつしか忙しい日常に埋没していった。
同じような状況の人は世の中には多いと思う。
僕の場合は、どうしてもそれを抑え切れなかった。
「旅に出よう!出なきゃいけない」
自分がおじいさんなって、もうすぐ死ぬという時に、
『どうして旅に出なかったのだろう』、
と絶対後悔すると思ったのだ。
そして無理だとは思っていながらもまず妻に思いを打ち明けたのだった。
「えっ何それ?本気で言ってんの?」
しかし、それから1週間くらいたったある日予想もしなかった返事が返ってきた。
「行こうよ、世界一周!今すぐに!」
この瞬間、僕の決意も固まった。
もし、ここで反対されていれば、世界一周に出ることはなかったはずだ。
旅に出ることを決意した僕たちは、まず2つのことをクリアにしなければならなかった。
一つは仕事のことだ。
会社の共同経営者からは、「川がいなくなったらその後どうするの?旅に行かれるのは困る」、
と言われた。
そこで、まずは人探しだ。
自分の周りをよく見渡してみると近くにいい人がいた。
ダメモトで声をかけると、不思議と彼も僕らの会社に興味を持っていた。
びっくりするくらい話がスムーズだったので、正直驚いた。
天が「旅に出ろ」と言っているようにすら感じた。
二つ目はお金のことだ。
僕らは節約に励んだ。一人1年間100万円として2年間で400万円、
これを最低の目標とした。
車を売り、家計簿をつけムダな出費を抑えた。
出発の頃には結果的に700万円近く貯まっていた。
そうして、2001年10月12日、旅に出た。
神戸港からフェリーで中国の天津に向かう。
そこで、僕らは旅人としての最初の洗礼を受けることになる。

▲燕京(やんじん)号の食事。好きなものを選んで最後に会計。けっこうおいしい

▲船の中にはお風呂もある
過去の連載1話 出発 (前篇)
僕は33歳の時、会社を辞め、夫婦で世界一周の旅に出た。
中国から西へ西へと向かい、アジアを横断し、
それからアフリカ大陸を縦断して、
中南米をぐるりと回った。
合計で51カ国、3年間、延べ1000泊におよぶ、あてのない旅。
移動はバスや電車といった陸路が中心で、ゆっくりゆっくり、地球の大きさを確かめながら、いろんな国の人々と交わった。
スーダンの田舎で居候したこともあった。
ブラジル人たちに囲まれて1週間かけてアマゾン河を遡たこともあった。
様々な場所の空気や匂いを感じる、そんな日々だった。
当時僕は仲間と会社を立ち上げ、軌道に乗り始めた頃で、
結婚もして、社会人としてちょうど脂が乗り始めた時期と言えるだろう。
そんな時、仕事を辞めて3年間も旅をするなんて、
誰もが僕のことを変わり者と思ったにちがいない。
当の本人だって、「普通じゃない」って思っていたし、
僕らのクレイジーな計画を聞いた両親、会社の人、友人たちは皆、
「狂気の沙汰としか思えない」
という表情をしていた。
でも、人生の土台が固まっていけばいくほど、心の中は強くそれに抵抗していたのだと思う。
(つづく)

▲天津行きの船の中。
中国人の親子とモンゴル人親子と僕たちだけで大部屋を使っていた。
暇でガイドブックを読むことぐらいしかやることがない。
中国から西へ西へと向かい、アジアを横断し、
それからアフリカ大陸を縦断して、
中南米をぐるりと回った。
合計で51カ国、3年間、延べ1000泊におよぶ、あてのない旅。
移動はバスや電車といった陸路が中心で、ゆっくりゆっくり、地球の大きさを確かめながら、いろんな国の人々と交わった。
スーダンの田舎で居候したこともあった。
ブラジル人たちに囲まれて1週間かけてアマゾン河を遡たこともあった。
様々な場所の空気や匂いを感じる、そんな日々だった。
当時僕は仲間と会社を立ち上げ、軌道に乗り始めた頃で、
結婚もして、社会人としてちょうど脂が乗り始めた時期と言えるだろう。
そんな時、仕事を辞めて3年間も旅をするなんて、
誰もが僕のことを変わり者と思ったにちがいない。
当の本人だって、「普通じゃない」って思っていたし、
僕らのクレイジーな計画を聞いた両親、会社の人、友人たちは皆、
「狂気の沙汰としか思えない」
という表情をしていた。
でも、人生の土台が固まっていけばいくほど、心の中は強くそれに抵抗していたのだと思う。
(つづく)

▲天津行きの船の中。
中国人の親子とモンゴル人親子と僕たちだけで大部屋を使っていた。
暇でガイドブックを読むことぐらいしかやることがない。
流鏑馬
今日、早稲田で流鏑馬があった。
ここの流鏑馬は伝統あるものらしい。
高田馬場というのは、昔馬場があったからそういう地名なのである。
馬場が厳密になんなのかは知らないが、馬がたくさん飼われていた場所なのだろう。
流鏑馬自体にものすごい深い感動があるわけではないが、
地元で開かれるイベントになんとなく参加する、そんな休日も悪くない。
ここの流鏑馬は伝統あるものらしい。
高田馬場というのは、昔馬場があったからそういう地名なのである。
馬場が厳密になんなのかは知らないが、馬がたくさん飼われていた場所なのだろう。
流鏑馬自体にものすごい深い感動があるわけではないが、
地元で開かれるイベントになんとなく参加する、そんな休日も悪くない。





